2026年7月9日・10日に東京・大手町で開催された第38回日本頭蓋底外科学会に参加しました。
日本頭蓋底外科学会は、脳の深部に位置する頭蓋底病変の治療について、脳神経外科だけでなく耳鼻咽喉科、形成外科などさまざまな領域の専門家が集まり議論する学会です。
今回のテーマは、
「頭蓋底手術の標準化」
でした。
頭蓋底には脳神経や重要な血管が密集しており、手術には高度な解剖学的知識と技術が必要です。一方で近年は、従来の顕微鏡手術に加えて、神経内視鏡、外視鏡、血管内治療など治療の選択肢も大きく広がっています。
そのような中で今回、私は3つのシンポジウム・パネルディスカッションで発表する機会をいただきました。
① 錐体斜台部病変に対するアプローチ選択
シンポジウム「頭蓋底良性腫瘍の治療戦略・長期成績」において、
「錐体斜台部病変に対するアプローチ選択の再考」
というテーマで発表しました。
錐体斜台部は、頭蓋底手術の中でも特に難しい領域の一つです。
この場所には脳幹、脳神経、内頸動脈などの重要な構造が集まっており、同じ「錐体斜台部髄膜腫」であっても、腫瘍の大きさや進展方向、脳神経や血管との位置関係によって最適な手術方法は異なります。
私はフランス留学中からtranspetrosal approach(経錐体到達法)を中心とした頭蓋底手術に携わってきました。
今回の発表では、これまでの経験をもとに、
「どこまで大きく開けるか」ではなく、「病変に対してどの方向から到達することが最も安全なのか」
という視点から、手術アプローチの選択について発表しました。
頭蓋底手術では、一つの手術方法にすべての病変を当てはめるのではなく、患者さん一人ひとりの解剖や病変の特徴に合わせて手術方法を選択することが重要だと考えています。
② 内頸動脈閉塞とhigh-flow bypass
もう一つのシンポジウムでは、
「急性期病変に対する内頸動脈閉塞とhigh flow bypassの治療戦略」
について発表しました。
頭蓋底の病変では、腫瘍や大型・複雑脳動脈瘤などの治療に際して、内頸動脈をそのまま温存することが困難な場合があります。
しかし、内頸動脈は脳に大量の血液を送る非常に重要な血管です。
そのため、内頸動脈を閉塞する必要がある場合には、別の血管を用いて脳への血流を新しく作る**high-flow bypass(高流量バイパス術)**が必要となることがあります。
これは脳血管外科の中でも高度な技術を必要とする手術の一つです。
頭蓋底外科というと「腫瘍を摘出する技術」が注目されがちですが、実際の難しい頭蓋底手術では、
「重要な血管をどう守るか」
という脳血管外科の技術が非常に重要になります。
頭蓋底外科と脳血管外科は別々の領域ではなく、複雑な病変を安全に治療するためには、両方の知識と技術を組み合わせる必要があります。
③ 神経内視鏡と外視鏡を組み合わせた新しい頭蓋底手術
最終日のパネルディスカッション
「頭蓋底手術における開頭・内視鏡・同時併用アプローチの選択」
では、
「頭蓋底病変に対する神経内視鏡・外視鏡併用アプローチの利点と限界」
について発表しました。
近年の脳神経外科手術では、従来の手術用顕微鏡だけでなく、4K・3D外視鏡や神経内視鏡など、新しい映像技術が急速に発達しています。
外視鏡は広い術野を立体的に観察することに優れ、一方、内視鏡は顕微鏡や外視鏡では直接見ることが難しい「死角」を観察することに優れています。
これらを組み合わせることで、
一つの視点だけでは見ることのできなかった場所を、複数の方向から確認しながら手術を行う
ことが可能になります。
一方で、新しい機器を使えば自動的に手術が安全になるわけではありません。
病変の位置や手術アプローチによって、それぞれの機器の長所と限界を理解し、適切に使い分けることが重要です。
日本医科大学では、外視鏡、神経内視鏡、ヘッドマウントディスプレイなどの新しい手術支援技術も積極的に導入し、その有用性について臨床研究を進めています。
頭蓋底外科と脳血管外科は、実は深くつながっています
今回の3つの発表は、
錐体斜台部病変に対する頭蓋底手術
内頸動脈閉塞とhigh-flow bypassを用いた脳血管手術
内視鏡・外視鏡を組み合わせた新しい手術技術
と、一見すると異なるテーマです。
しかし、私の中ではすべて一つにつながっています。
難しい頭蓋底病変を安全に治療するためには、
頭蓋底の詳細な解剖を理解すること
脳神経を守ること
重要な血管を守り、必要であれば血流を再建すること
最適な視野を得るために新しい技術を取り入れること
のすべてが必要だからです。
「この手術方法が一番優れている」と考えるのではなく、病変と患者さんに合わせて、さまざまな手術技術の中から最適なものを組み合わせる。
それが、私が頭蓋底外科で大切にしている考え方です。
若い脳神経外科医へ技術をつなぐ
今回の学会テーマである「頭蓋底手術の標準化」は、教育という意味でも非常に重要です。
高度な手術を一人の術者だけができても、その技術を次の世代に伝えることができなければ、医療全体の進歩にはつながりません。
自分自身がこれまで国内外の先生方から学んできた手術技術を整理し、若い脳神経外科医に伝えていくことも、これからの大切な役割だと考えています。当教室からも能中陽平先生、藤田寛明先生、鶴谷美紅先生がそれぞれ発表していただきました。
今回も全国の先生方との議論から多くの刺激を受けました。
今後も臨床、研究、教育のそれぞれを大切にしながら、より安全で質の高い脳神経外科治療につなげていきたいと思います。
