70歳だから手術は危険?
未破裂脳動脈瘤と「フレイル」の関係
外来で未破裂脳動脈瘤の患者さんとお話ししていると、
「もう70歳なので、治療は危険でしょうか?」
「年齢を考えると、手術はしない方がよいのでしょうか?」
と聞かれることがあります。
確かに、年齢は治療方針を考えるうえで大切な要素の一つです。
しかし、私たちの研究から分かってきたのは、
「何歳か」だけでは、治療のリスクを十分に説明できない
ということです。
むしろ重要なのは、
その方の身体と脳に、どれくらいの「予備力」があるのか
という視点です。
この「予備力」を考えるうえで重要な概念が、今回お話しする**フレイル(frailty)**です。
フレイルとは何でしょうか?
フレイルとは、加齢などによって身体の予備力が低下し、病気や手術などの負担に対して弱くなっている状態を指します。
単純に「高齢である」という意味ではありません。
例えば同じ75歳でも、
- 毎日よく歩き、運動をしている方
- 身の回りのことをすべて自分で行っている方
- 食事もしっかり摂れ、活動的な方
がいる一方で、
- 歩く速度が遅くなった
- 外出する機会が減った
- 疲れやすくなった
- 日常生活に少し介助が必要になった
という方もいます。
つまり、
実年齢と身体の年齢は必ずしも同じではありません。
脳動脈瘤の治療でも、この違いが非常に重要なのではないかと私たちは考えました。
全国20施設で未破裂脳動脈瘤の患者さんを調べました
私たちは、日本全国20施設の脳神経外科施設と共同し、60歳以上の未破裂脳動脈瘤患者さん397名を対象とした前向き研究を行いました。
治療前に、
- 全身状態
- Clinical Frailty Scale(CFS)
- 日頃の運動習慣
- 歩く速さ
- 歩ける距離
- 認知機能
- MRIでみられる脳白質病変
などを詳しく評価し、その後の治療成績との関係を調べました。
その結果、非常に興味深いことが分かりました。
「年齢そのもの」は治療成績を決めていませんでした
治療後の経過と年齢との関係を調べたところ、
年齢そのものは、治療後の経過と有意な関連を認めませんでした。
一方で、治療後の経過と関連していたのは、
- フレイルの程度
- 日頃の運動習慣
- 歩行速度
- 治療前の日常生活動作
- 認知機能
- MRIで認められる高度な白質病変
などでした。
特に歩行速度の低下やフレイルの程度、脳白質病変は重要な指標でした。
つまり、
「70歳だから危険」「80歳だから治療できない」というように、年齢だけで判断することは適切ではない
ということです。
70代、80代でも非常に元気で身体の予備力が保たれている方はいます。
逆に、比較的若くても身体や脳の予備力が低下している方もいます。
大切なのは、戸籍上の年齢ではなく、
その患者さん自身の状態を見ること
だと考えています。
MRIから分かる「脳のフレイル」もあります
もう一つ、私たちが以前から注目しているのが脳白質病変です。
MRIを撮影すると、脳の白質に白く見える部分が認められることがあります。
年齢とともにある程度増える変化ですが、高血圧や動脈硬化などとも関係し、程度にはかなり個人差があります。
私たちは2020年に、60歳以上で未破裂脳動脈瘤のクリッピング術を受けた214名について調査しました。
その結果、
高度な白質病変を認める患者さんでは、手術後の脳梗塞や出血などの合併症が多い
ことが分かりました。
興味深いことに、この研究でも年齢そのものは治療成績を決める因子ではありませんでした。
私たちは白質病変を、
「脳の年齢」あるいは「脳のフレイル」を反映する一つの指標
として考えています。
白質病変が多い脳は、手術の負担に弱い可能性があります
脳神経外科手術では、脳そのものへの操作だけでなく、
- 血流の一時的な変化
- 血圧の変動
- 麻酔
- 手術による身体的ストレス
など、さまざまな負担がかかります。
健康な脳には、それらの変化に対応する「予備力」があります。
しかし、高度な白質病変がある場合には、その予備力が低下している可能性があります。
実際、全国20施設の研究でも、高度な白質病変がある患者さんでは、術後の脳梗塞や頭蓋内出血が多く認められました。
また、白質病変が高度な患者さんでは、治療後の認知機能低下もより大きいという結果でした。
そのため私は、動脈瘤だけを見るのではなく、
「その動脈瘤を持っている脳が、治療にどの程度耐えられるのか」
という視点も非常に重要だと考えています。
では、フレイルがあれば治療できないのでしょうか?
これは違います。
フレイルや白質病変があるからといって、
「治療してはいけない」という意味ではありません。
大切なのは、その情報を知ったうえで、
- 本当に治療する利益があるのか
- 経過観察という選択肢はないのか
- どの治療方法がその方に適しているのか
- 周術期にどのような点へ注意するべきか
をより慎重に考えることです。
未破裂脳動脈瘤の治療は、将来のくも膜下出血を予防するために行います。
だからこそ、
治療によって将来を守る利益が、治療そのもののリスクを上回るか
を考えなければなりません。
クリッピングと血管内治療、どちらが安全なのでしょうか?
今回の全国20施設の研究では、クリッピング術と血管内治療の間で、治療後の機能予後に有意な差は認められませんでした。
つまり、
「高齢だから必ずカテーテル治療の方が安全」
あるいは、
「クリッピングの方が必ず良い」
と単純に決めることはできません。
動脈瘤には、
- 大きさ
- 発生部位
- ネックの形
- 周囲から分岐する血管
- 石灰化
- 血栓
- 形状の複雑さ
など、それぞれ異なる特徴があります。
そこに、
- フレイル
- 全身状態
- 脳の状態
- 年齢
- 将来の生活
- 治療の根治性
を組み合わせて、その方に最も適した治療方法を考えます。
私が診察で見ているのは「動脈瘤だけ」ではありません
脳動脈瘤の専門外来というと、
MRIや血管の画像だけを詳しく見ていると思われるかもしれません。
もちろん、動脈瘤の大きさや形は非常に重要です。
しかし私は同時に、
「この方は普段どのくらい活動されているのだろう」
「しっかり歩けているだろうか」
「全身状態はどうだろう」
「MRIで脳そのものはどのような状態だろう」
ということも見ています。
なぜなら、
治療するのは「動脈瘤」ですが、治療を受けるのは「患者さん」だからです。
画像だけを見て治療方針を決めるのではなく、その方全体を見て判断することが重要だと考えています。
おわりに
「70歳だから手術は危険でしょうか?」
この質問に、年齢だけから答えることはできません。
私たちの研究では、治療成績に関係していたのは年齢そのものよりも、
身体のフレイルや歩行能力、そしてMRIで分かる脳の健康状態でした。
70代でも80代でも、元気で治療に十分耐えられる方はいます。
一方で、年齢が比較的若くても、身体や脳の予備力を考慮して慎重に治療を考えた方がよい場合もあります。
未破裂脳動脈瘤の治療で大切なのは、
「何歳か」ではなく、「その人にとって治療することが本当に利益になるのか」
を考えることです。
私はこれからも、動脈瘤だけでなく患者さん一人ひとりの身体と脳の状態を丁寧に評価しながら、最も適した治療方針を一緒に考えていきたいと思っています。
今回ご紹介した私たちの研究
Matano F, et al.
Frailty and Severe White Matter Lesions Are Risk Factors for Surgical Treatment for Unruptured Cerebral Aneurysm in Older Adults.
Neurologia Medico-Chirurgica (Tokyo). 2026;66:354-362.
全国20施設・397例を対象とした前向き多施設共同研究です。
Matano F, et al.
White Matter Lesions as Brain Frailty and Age are Risk Factors for Surgical Clipping of Unruptured Intracranial Aneurysms in the Elderly.
Journal of Stroke and Cerebrovascular Diseases. 2020;29:105121.
60歳以上の患者さん214例を解析し、脳白質病変とクリッピング術後のリスクについて検討した研究です。
次回予告
第5回
「MRIで見える“白い影”―脳白質病変とは何でしょうか?」
脳ドックやMRIの結果で、
「白質病変があります」
と言われ、不安になった経験のある方もいると思います。
白質病変とは何なのか、なぜ生じるのか、脳梗塞や認知機能とどのような関係があるのかについて、分かりやすく解説します。